キツネを60年以上かけて「犬」にした実験 — ベリャーエフのキツネ

更新日 2026年10月家畜化のしくみ

垂れ耳で尾を振りながら人の手に近づくキツネと、後ろで警戒する野生のキツネのイラスト

家畜化が実際にどう進むのかを、人の一生のうちに確かめられないだろうか。そう考えて始まったのが、旧ソ連の遺伝学者ドミトリー・ベリャーエフによるキツネの実験です。

選んだのは「人なつっこさ」だけ

実験は1959年、シベリアのノボシビルスクで始まりました。毛皮をとるために飼育されていたギンギツネを使い、人が近づいたときに怖がらず、攻撃もしない個体だけを選んで交配させていきました。毛並みや体の大きさなど、ほかの条件は一切選んでいません。

ベリャーエフの死後は、共同研究者のリュドミラ・トルートが実験を引き継ぎ、60年以上続く世界でもっとも長い家畜化実験の一つになりました。

数世代で性格が、十世代ほどで見た目が変わった

選抜を始めて数世代のうちに、人に向かってしっぽを振り、鳴いて呼ぶ子ギツネが現れはじめました。さらに世代を重ねると、選んでいないはずの特徴まで現れます。

  • 耳が垂れたままの個体
  • くるりと巻いた尾
  • 白い斑やぶち模様の毛
  • 鼻先が短く、丸みのある頭の形
  • 繁殖の時期が早まったり、長くなったりする

まさに家畜化症候群と呼ばれる変化です。人になつく性質を選んだだけで、犬によく似た特徴がセットで出てきたことは、多くの研究者に衝撃を与えました。

逆に「攻撃的なキツネ」も作られた

実験では、比較のために人に対して攻撃的な個体を選ぶ系統も作られました。2018年には、人なつっこい系統と攻撃的な系統のゲノム(全遺伝情報)を比べる研究が発表され、行動の違いに関わるとみられる領域がいくつも見つかっています。人なつっこさは一つの遺伝子で決まるのではなく、多くの遺伝子が少しずつ関わる性質だと考えられています。

この実験への疑問

最近の議論実験に使われたキツネは、もともとカナダの毛皮農場で何十年も飼育されてきた系統の子孫で、実験開始の時点ですでにある程度人に慣れていた可能性がある、という指摘もあります。またぶち模様などは、実験前の農場のキツネにも見られたとする研究者もいます。「野生動物がゼロから家畜になる様子」をそのまま再現したわけではない、という点は頭に入れておくとよいでしょう。

それでも、性格を選ぶことが体の特徴にまで影響しうること、そしてその変化が数十年という短い時間で起こりうることを示した点で、この実験の価値は今も大きいと言えます。

参考にした主な資料

  • L. A. ダガトキン、L. トルート『キツネを飼いならす』(邦訳 青土社)
  • Trut (1999) Early canid domestication: the farm-fox experiment. American Scientist
  • Kukekova et al. (2018) Red fox genome assembly identifies genomic regions associated with tame and aggressive behaviours. Nature Ecology & Evolution
  • Lord et al. (2020) Trends in Ecology & Evolution